-
闘うトップ2013年10月号
「幻のスポーツカー」をEVで復活させ京都の底力を世界に発信したい(グリーンロードモータース株式会社・社長 小間裕康氏)
エンジェルに救われた資金不足の危機
何より、加速感ですね。小型車ではデメリットでしかありませんが、スポーツカーにとっては大きな魅力です。トミーカイラZZの場合、発進時、3.9秒で時速100キロに達します。通常のガソリン車なら10秒、スポーツカーでも6~7秒はかかるでしょう。
そして、航続距離も致命的な欠点にはなりにくい。大手メーカーのEVに対抗するには、小型車の場合、400キロくらいは欲しいところです。でも、スポーツカーなら1日に数10キロも走れればよくて、長く走ることより速く走ることのほうが重要なんです。トミーカイラZZのフル充電時の航続可能距離は、120キロ以上です。
同時に、ベンチャーの弱点を強みに変えることもできます。スポーツカーは、希少性が価値につながるからです。大量生産できなくても、コスト面で採算ベースに乗っていれば、大手メーカーと同じ土俵で戦わなくて済むわけです。
こうしていろいろ検討すると、EVはむしろスポーツカーにこそ適していると思えるほどで、創業するころには先行きを楽観していました。でも、そう簡単にものづくりができるはずがない。甘かったですね(笑)。
◇ ◇ ◇
1977年、小間社長は兵庫県に生まれた。17歳で阪神淡路大震災を経験。人生に悔いを残すまいと手始めにピアノを練習し始めたのが、おとなしかった少年の転機となった。
甲南大学に進学し、友人とピアノデュオを結成。数年後の年末、神戸ルミナリエの演奏会で、パソナ創業者の南部靖之氏の知遇を得る。演奏中、偶然、近くを通りかかった南部氏に手を振ったのが、きっかけだという。その度胸に感心したのか、以後、南部氏は食事会などに小間社長を招くようになり、小間社長は人材派遣業に関心を寄せた。
それから間もなく小間社長が手掛けたのは、ミュージシャンの派遣事業。音楽仲間にアルバイトを斡旋するつもりで始めると、口コミで評判が広がり、やがて事業は軌道に乗る。一方、小間社長自身は運転資金を得るため家電量販店でアルバイトを始めた。ちょうど大手家電量販店が関西への進出に乗り出したころで、新規出店が重なり、量販店の多くは販売員不足に悩んでいた。販売員として好成績を上げる小間社長が学生のかたわら人材派遣も手掛けることを知ると、量販店から仕事の依頼が相次いだ。
やがて、量販店を通じて家電メーカーとのつながりもでき、小間社長は順調に顧客を獲得。その後、ミュージシャンの派遣事業は他社に譲渡し、その売却資金をもとに家電メーカーを対象としたアウトソーシング事業に転換する。そうしたなかで、小間社長はEVに着目するヒントを得ることにもなった。
2000年、小間社長はセールスプロモーション事業のコマエンタープライズを創業。人材派遣業を発展させ、本格的な事業化に取り組むが、年商が20億円ほどに育った09年、京都大学大学院に転じる。事業が拡大するなかで、経営者としての力不足を痛感していたからだった。以降、事業は部下に託して経営から身を退き、大学院に専念。そうして、京都大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーに発足した京都電気自動車プロジェクトに出合う。同プロジェクトを主導する松重和美元教授から事業化を任され、10年、グリーンロードモータースを設立した。