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闘うトップ2013年4月号
ケアシューズ「あゆみ」でお年寄りの歩行を助けたい(徳武産業株式会社・社長 十河孝男氏)
きっかけは、老人介護施設を経営する友人からの相談でした。お年寄りが転ばないような靴をつくってくれ、と言うんですね。
年寄りの転倒は、寝たきりにつながりかねません。転倒事故をなくすため、彼は施設を建て替えてバリアフリーを実現したのですが、それでも施設内でつまずくお年寄りは減らない。そこで、あらためてその足もとをよく観察してみると、だいたい2つの原因がわかりました。
1つは、つま先から着地してしまうことです。健常者はまずかかとを着地させますが、筋力が衰えた高齢者は足が上がらず、つま先から着地する。ですから、わ ずかな起伏にも引っかかってしまうんですね。もう1つは、自分のスリッパを踏んでしまうこと。歩行中にバランスを崩して、スリッパのかかと部分を別の足で 踏んでしまうわけです。
友人は、そういったお年寄りの事情に配慮した「転びにくい靴」がないかと、靴店をいくつも探し歩いたそうです。でも、見つからなかった。私が相談を受けたのは、その直後でした。
開発が難しいわりにニッチな市場ですから、大手が手を出さないのも、よくわかります。でも、それゆえに私は挑戦することにしました。そういう分野こそ、中 小企業の出番です。使命感というと格好がよすぎますが、私どものような小さい会社にまで断わられてしまったら、友人もお手上げでしょう。そうして相談され たのも何かの縁だと思って引き受けたわけですが、お年寄りの足について調べれば調べるほど、何とかしてあげたいという気持ちが強まりました。とにかく、お 年寄りが抱える悩みは想像以上に深刻なんです。
左右で足のサイズが違う程度はよくあるケースで、外反母趾(がいはんぼし)やリウマチなどで足が変形してしまった方もいます。股関節の病気によって、足の 長さが左右で大きく違う方もいる。でも、みなさん歩きたいんです。自分の足で歩いて、季節を感じたい。孫と遊んでやりたい。誰にも迷惑をかけず、自分の足 でトイレに行きたい。私はそれまで、お年寄りがそんなに切実な悩みを抱えているとは、想像もしていませんでした。何としても開発しなければいけないと強く 感じました。
加えて、私には自前の商品で勝負したいという年来の夢がありました。でも、田舎の零細企業ですから、体力がありません。新たな事業に挑むなら、その分野で トップになれるような商品でないとあぶない。そう考えていた私にとって、それはまさに社運を賭けるに値する意義ある挑戦だったんです。
菩提寺の住職に驕りを気づかされる
そのころの私どもは、旅行用スリッパとポーチ、ルームシューズが売上の三本柱でした。ただ、いわゆるOEMビジネスですから、経営は必ずしも安定していません。悔しい思いもしてきました。
たとえば、通販会社さんに新商品を提案しますね。サンプルを持っていって簡単なプレゼンテーションをするわけですが、評価していただくこともあれば、汚ら わしい物でも見るような目で追い返されることもある。そういうときのつらさというのは、ちょっと言葉にはできません。サンプルをつくるために会社に泊まり 込んで、必死で知恵を絞っていた従業員の姿を見てきたわけです。その努力が報われず、希望を託した新商品が、お客様の評価をいただく場さえ得られずに退場 させられてしまう。メーカーは、やはり自前の商品で、自前のビジネスで勝負すべきだという思いが、年々、強まっていました。