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中村智彦の日本一訪ねたい工場2013年5月号
規模の小ささを武器と捉え、食品材料を用いた自然派化粧品作りに邁進する(株式会社ルバンシュ・社長 千田和弘氏)
小規模を武器に独自路線で躍進
製造現場の前を離れて建物内を見学させていただくと、同社内には事務部門、研究開発部門、検査部門などがまとまっていることがわかる。
「大企業では企画立案から研究開発、商品化まで相当の時間がかかり、通常で数年単位。営業と研究部門は離れているケースがほとんどです。当社は営業も製造も研究開発も、すべてこの小さな建物内にあるので、新製品開発はもちろん、問題が発生したときの対応も早い。製造現場から研究開発部門に『ちょっと来てください』と声をかけられますから。ご覧いただいた製造現場では、きょうも研究開発スタッフが立ち会っていました」
製造上で不都合が起これば、その原因をいち早く究明することが重要である。そのためには、研究開発スタッフと製造スタッフの日頃からの意思疎通が不可欠だ。何より物理的、時間的距離が近いほど有利である。
「たとえば2011年に開発した『水のいらないシャンプー』は、東日本大震災がきっかけでした。従業員が協力し、2か月で商品化に漕ぎ着けたのです」
社内を歩いていると企業というより、大学院の研究室のようなアットホームな雰囲気が伝わってくる。密度の濃い人間関係がベースにあるからこそ、中小企業らしい個性のある製品が生み出されるのだろう。現在、同社のオリジナル製品は知名度が高まり、販売も順調。しかし、創業当初は苦労の連続だったという。
「親戚、知人、友人とコネを頼りに毎月1回即売会を開催して、なんとか使ってもらおうと販促活動に注力しました。地方テレビ局でCMも放映しましたが、短期間で売上に反映されることはなく、経営的にも不安定な状態が続いていました」
そうしたなか、利益確保に貢献したのがOEM製造であった。もともと小規模な生産設備しかないからこそ小回りが利き、少ロット多品種生産が可能なのである。折しも、それぞれの産地の原料を活かした、ご当地コスメブームが起こり、同社には様々な原材料を使用した化粧品づくりの依頼が舞い込んだ。
「北陸地方でOEM製造を受ける企業が少なかったのも幸運でした。OEMのメリットは、納品後すぐに入金があること。現在も売上の約3割を占めます」
OEM製造で経営を安定させつつ、同社は創業以来、1つの大きな挑戦をしてきた。千田社長は取材中の会議室で「では、やってみましょうか」と笑いながら、同社オリジナルのハンドクリームを少量、指にとって口に含んだ。「味見してみませんか」と促されたので、同様に指にとり舐めてみた。無味のバタークリームのような食感だった。
「食品材料で化粧品づくりを試みています。独立前、父の経営する食品研究会社で働いていたとき、食用として使用禁止の物質で、化粧品として許可されているものがあることを知りました。たとえば、赤ちゃんが化粧品をつけた母親の顔を舐めれば、体内に取り込まれてしまうので危険です。そこで食用成分のみで化粧品をつくろうと考えたのです」
この発想を実現するには多くの困難が待っていた。食用として認められている物質でも、化粧品に使用する際には、その目的のために別の認可が必要になるなど制度的な壁も多くあった。だが、苦労を重ねるなか生み出されたリップクリームが、大手通販会社の目に留まって販売されたことをきっかけに、同社は全国的な知名度を高めていったのである。
ガラスで間仕切りされた会議室の隣の事務室で働く数名の女性を指し示して、千田社長は言う。
「注文やクレームの電話もすべてここで受けています。実際には、直接、私たちにお電話くださるお客様は少数で、多くは通販会社経由になりますが、製造現場の近くでお客様の声を直接、聞けるのも大きなメリットです」
オペレーターがずらりと並んでいる様子を想像すると拍子抜けするが、小規模事業者であるからこそできることが強みになっている。そうした考えでつくり上げられている同社の本社工場は、従業員間のコミュニケーションが活発で、皆が楽しそうに業務にあたっている雰囲気に満ちている。“工場こそが最大の営業マンだ”という言葉をしばしば経営者から耳にするが、まさにそれを実践している事例であると感じることができた。
【中村の眼】
「日本のものづくりの底力を侮(あなど)ってはいけないと思います」───ものづくりは時代遅れ、海外に生産拠点を移すのが当たり前という論調があることについて議論していたときの千田社長の言葉である。
もちろん、旧態依然とした大企業の下請け企業として安穏としていられる時代はすでに終わったが、消費者ニーズに応えることができれば、同社のように発展していくことは可能なのである。
「小規模だから有利な点がある」と繰り返し話す千田社長の発想は、多くの中小企業経営者に大きな示唆を与える。「うちは中小企業だから」とネガティブではなく、むしろ、規模の小ささをポジティブに捉える。OEM生産であれば、「支払いが確実で早い。その成果で自社製品の研究開発を」とプラスの側面を評価し、むしろ積極的に取り組む。
中小企業の姿勢はトップの心もち次第で大きく変わる。千田社長のポジティブさが社内に活力を呼び起こし、成長の原動力になっているのである。経営者の姿勢そのものが、日本のものづくり力の源泉であることを再確認できた工場見学であった。