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これがわが社のヒット&ロングセラー
『切腹最中』(1994年発売/東京都港区)
“お詫びの気持ちに…”
発売当初の動きは鈍かったが、数か月後に援軍が現われた。落語家の快楽亭ブラックが大阪日々新聞紙上で『切腹最中』を面白いと紹介したのだ。口コミで評判が広がり、新橋周辺の証券会社の間では「お詫び向きのお菓子」として評判となり、法人での利用が増えていく。決定打となったのが、全国紙での紹介記事だった。ある証券会社の集会で、支店長が参加者を前にこう発言したというのである。
「株価が下がったことでお客様にお詫びに行く際、『切腹最中』を持参して『私たちの気持ちです』とお渡しすると、苦笑され、その場が和みました」
取材に来ていた記者がこのエピソードをコラムで取り上げると、『切腹最中』の名は瞬く間に拡がり、やがて「空港で扱いたい」とANAやJALの系列会社からオファーが入った。徐々に店を増やし、現在、『切腹最中』は羽田空港内計7か所で販売されている。人気は高く、テレビの情報番組の「空スイーツ」特集では、1位にランクインしたこともあるほどだ。
その後、髙島屋や三越といった全国17の百貨店でも扱われるようになり、今年は上大岡(かみおおおか)の京急百貨店でも販売を開始した。売上は好調で、1日の販売個数は約1,200個以上。繁忙期の12月に入ると、この数は急カーブで上昇し、14日には通常の4倍近い数字を売り上げる。意外にも、お盆の帰省シーズンが第二の繁忙期だという。
「和菓子は、夏場には売れないのが常ですが、『切腹最中』は8月も売れるし、GWの連休利用も多い。東京土産として定着したのかもしれませんね」
『切腹最中』は、その奇抜さばかりが注目されがちだが、根強い人気を下支えしているのが、和菓子としてのクオリティの高さと渡辺社長のあくなきチャレンジ精神である。たとえば、現代の小豆はアクが少ないので、昔ほど長くさらさずとも、美味しい餡を作れるのではないかと考えた渡辺社長は、ある展示会で熱いお湯の中に小豆を入れて炊き上げる方法を知り、早速、導入したという。
「素材は時代とともに変わるので作り手が固定観念をもっていてはダメ。伝統は壊しながら新たに構築していくものです」
最中の皮の材料も、コストはかかるが上質な米に変え、水分を飛ばすよう焦がして、パリッとした食感を実現。皮が上あごにくっつきにくいようにした。
渡辺社長の進取の精神は、目立たないところでも発揮されている。「黒字転換」をイメージして、風味のよい沖縄・波照間(はてるま)産の黒糖を入れた『景気上昇最中』は、『切腹最中』と合わせて「営業セット」として販売しているが、コンセプトは「お詫び半分、営業半分」。なかに、お詫び用の短冊を入れたことで多くの客の心をつかんだ。さらに2年前には、パッケージに江戸時代末期の浮世絵師・歌川国芳(うたがわくによし)が描いた四十七士を現代風にアレンジしたイラストを入れた『義士ようかん』を発売。商品のQRコードを読み取れば、義士それぞれの人物像から吉良邸への進入経路や戒名まで詳細な情報が見られる仕掛けで「忠臣蔵をもっとよく知ってほしい」という熱意が伝わってくる。
「夢は店を大きくすること」。こう語る渡辺社長は、すでに店舗裏の土地を取得し、夢に向かって着々と計画を進行させている。今年もまた『切腹最中』を求める大勢の客が列を成す--そんな光景が目に浮かぶ。