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トップの生き様2014年3月号
永続・繁栄に導く意思決定とは 社運を分けるトップの決断(旭電機化成株式会社・社長 原直宏氏)
10年後を見据えてシミュレーションを重ねる
会社を継いだとき、私は23歳の学生だった。他社での修業を経験していないうえ、経営者の仕事ぶりを父に学ぶ機会もなかった。人間としての修養が足りないのか、40年もの間、社長を務めていながら、決断を迫られるといまもなお迷う。経験則をもとに、どんな問題もズバズバと裁いていけないものかと思うが、迷いを抱えている間は不眠に悩まされ、食事がのどを通らないことも多い。
さすがに近ごろはなくなったが、ひどいときには1週間で体重が5キロも落ちた。ストレスで吐血したこともある。それほどに経営者の意思決定は重く、難しいということだろう。
だが、どういうわけか、どれほど悩ましく、難しい問題でも、いったん決断したら、もう悩むことはない。決断を後悔することもない。おそらく、それは悩み尽くしたという実感が不安を一掃するからだと思う。
私の場合、意思決定に際してはおおよそ10年後を見据えて、考え得る限りのあらゆる可能性を1つひとつシミュレーションしてみる。10年後の日本経済や業界の動向、そして自社と私自身の姿を思い描きながら、私どもにとって最も望ましい選択肢は何かと考え、決断する。もっとも、環境が激しく移り変わる現代においては、5年後くらいを見据えるのがちょうどよいのかもしれない。
そうして想像力を働かせながら考えても、現実には様々な想定外のできごとが起こる。あらゆる可能性を想定したつもりでも、思考の抜け穴があって、判断を誤る可能性もあるだろう。だが、誤りを恐れては決断などできない。将来は誰にも予測できない以上、判断を誤る可能性もあるという前提に立ったとき、悩み尽くしたという実感が強力な護符(ごふ)になるのではないか。
社長に就任した直後の人員削減は、私の未熟が原因だった。それは、恥ずかしながら、当時の私に従業員を守ろうとする意識が希薄であったからだが、経営者として経験を重ねるにつれ、私は決して意識だけの問題ではなかったことを痛感した。雇用を守りたくても、守れるだけの力がなければならない。力があれば選択肢が増え、経営者の意思決定の幅も広がる。
決断の質を高めるためにも、会社は強くなければならない。