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キラリと光るスモールカンパニー2013年7月号
光造形の草分けとして鋳造にも取り組みメイドインジャパンの底力を世界に発信(株式会社ジェイ・エム・シー・社長 渡邊大知氏)
手術・治療の練習用として臓器モデルをつくる新事業
JMCでは、これまでに培った技術を活かして、昨年6月から「モノロイド(monoroid)」というブランド名で医療分野に参入した。これは、臓器や血管、骨などを光造形によって再現した樹脂モデルを母型として、シリコーン製モデルや人体の組織に近い感触をもつ樹脂材料モデルをつくるサービスだ。
たとえば心臓や複雑に湾曲した血管などを再現し、手術や治療の練習用として医療現場で利用される。JMCは直接病院と取引するのではなく、医療機器メーカーに納品している。
「最近では世界的に犬や豚を使った動物実験を控える動きがあり、練習台としてのモデルが必要になっているのです」
モノロイド事業は好評で、利益率も高い。同社の手がける高品質の臓器モデルはほかになく、海外からも注目されている。すでにフランス、シンガポールや韓国などに輸出され、今後はアメリカ市場を狙いたいという。
渡邊社長は1974年生まれ。幼少期は裕福な家庭に育ったが、小学校時代に両親が離婚。以来、父と離ればなれになった。
「中学生くらいになると、おカネは大事だし、成功したいと強く思うようになりました。車や着る物がほしいわけではなく、むしろ消費することにいまも興味がありません。漠然とですが、いつか会社をつくりたいと思っていました」
スポーツが得意で、山梨県下の高校に特待生として進学し、ハンドボールで活躍した。ただ、優等生とはほど遠く、不良まがいに暴れていたという。
高校を卒業すると、プロのスポーツ選手をめざした。周囲と協調しなければならない団体競技は性(しょう)に合わなかったため、個人競技でプロの道が拓けるボクシングを選んだのである。ファイティング原田氏のジムに通って、食い扶持を稼ぐために植木職人になった。
「植木職人は若くても月40万円ほど稼げるので、友達にうらやましがられましたが、年を重ねても収入が増えないので、私には一生続けるのは難しい仕事でした」と渡邊社長は語るが、ここで職人の世界を体験したことが、後にJMCに入社して仕事を属人的にしないしくみの構築などに活かされたという。
毎日ジムに通ってトレーニングに励み、1年後にはプロデビューを果たす。運動神経には自信をもっていた渡邊社長だったが、プロボクサーの世界は厳しかった。5年間で2勝6敗1分けだった。
「デビュー後に2敗、3敗するようでは大成しない。3連敗したらやめると決めていたし、才能の限界を感じました」