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ビジネスの視点2013年7月号
技術の融合が成熟市場に新たな可能性を生む(しまうまプリントシステム株式会社・社長 永用万人氏)
知名度向上のため挑んだテレビCMの大誤算
私どもの最大の特徴は、高品質プリントを1枚5円という低価格でご提供できる点にあります。参入した当時、専門店の「お店プリント」は1枚30円が相場でした。一方、家庭用プリンターで出力する「おうちプリント」の場合、印画紙とインクが高コストなため、28円ほどかかります。そして、世間に登場して間もないネットプリントは、1枚10円くらいでした。
通常のネットプリントの半額という低価格を実現できたことには、いくつかの要因があります。たとえば、地価の安い鹿児島にラボを建設したこともその1つで、できるだけ人の手を介さないで済むよう、徹底したローコストオペレーションを導入したことも、大きなポイントの1つです。
また、Lサイズとその関連サイズだけにプリントの種類を絞ったことも、コストダウンに貢献しました。写真プリント業界をよく知る人ほど、そういう絞り込みを躊躇(ちゅうちょ)しがちなのかもしれませんが、データを調べてみると、出力されている写真の80%はLサイズです。他のサイズを切り捨ててしまうのは勇気のいる決断でしたが、データを信じて思い切って絞り込みました。
参入当初の私どもにとって、最大の課題は知名度でした。いかに早く、効率的に知名度を高めるか。写真プリント業界そのものは縮小しているとはいえ、ネットプリントは誕生したばかりの新興市場です。短期決戦で、一気に市場シェアを獲得して、それなりの地歩を固めなければ勝機を失います。当初はネット上での広告活動しかできませんでしたが、事業が軌道に乗り資金的に余裕ができると、テレビCMに進出して、勝負をかけました。ところが、これが大誤算でした。
他業界で急成長を遂げたIT関連会社の広告戦略を調べてみると、共通するパターンが浮かび上がってきました。成長段階に応じて、そのときどきにふさわしい媒体を活用しているのです。最初は、ネットです。次いで、ローカル局でCMを流し、ある程度の知名度を得ると、東京のキー局で全国に訴求する。資金面でも無理のない自然なパターンですから、私も真似て、25道府県のローカル局でCMを流しました。
ところが、データを分析してみると、ほとんど効果が見られませんでした。理由はわかりませんが、食品のように日常的に購入する商品とは異なり、写真プリントはせいぜい3か月に1回程度しか需要はありません。写真プリントの購買パターンにはふさわしくなかったのか、タイミングが悪かったのでしょう。2か月間で4,000万円ほどの、高い授業料でした。
結局、再びネット上での広告活動に注力するようになり、やがて年末の年賀状需要が契機となって、私どもの成長を加速させてくれました。
短期決戦に勝機を得るため出資割合にはこだわらない
まだまだ道半(なか)ばであり、お客様に満足していただくには、今後もさらなるサービスの充実が不可欠ですが、おかげさまで私どもがどうにか着実に成長できたのは、大きく3つの理由があったと考えています。
1つは、早い段階で資金面の支援を獲得できたことです。前述のように短期決戦ですから、いち早く大規模なラボを建設して大量に出力できる体制を整え、低価格を実現しなければいけません。自己資金だけでは足りず、当初からファンドのご支援をいただきました。調達した額は、あわせて6億円ほどです。
これにより、私個人の出資は3割程度になりました。でも、恰好をつけるようですが、オーナーになりたくて事業を始めたわけではありません。経営方針については全面的にご理解をいただいていたつもりで、実際、これまで社外から掣肘(せいちゅう)を受けることもありませんでした。出資割合にこだわらなかったことが、よい結果に結びついたと思います。
もう1つは、信頼できるパートナーに出会えたことです。私どもの事業は従来の写真現像技術と最新の情報システムの融合によって生まれたものですが、それはすなわち双方の専門家が協力するという意味です。現在、副社長を務めている男の協力がなかったら、私がこの写真プリント業界に参入することはなかったでしょう。
いくら新たなビジネスモデルを発想し得ても、その分野における専門家と出会い、協力できる信頼関係を築くことができなければ、それは事業化しません。そういう意味で、私は様々な分野の方との交流が事業の可能性を広げると考えています。
そして、もう1つは、身も蓋(ふた)もない言い方になりますが、運です。もちろん、運を呼び寄せるには全力で知恵を絞り、なすべきことはすべて全力でなし遂げる努力が不可欠です。でも、それでも不幸にして結果が出ない場合もある。結果が出ないのは、努力が足りないからだという見方もあるでしょうが、私は実感として、人間の能力に大差はないと思っています。偉大な経営者も、結果がともなわない人も、基本的な能力にそう大きな差があるとは思えません。私自身も、いま思えば苦しい時期ほど必死で働いていたものですが、その必死さにおいて、現在と比較して大きな差があるとは、どうにも思えないのです。
新たに事業を始めることは、地図のない旅に出るようなものです。すでに成熟した産業に新たな可能性を見出す旅であれ、伸び盛りの産業に新天地を求める旅であれ、先が見えない旅であることに変わりはありません。その成否は運に任せて、まずは勇気ある第1歩を踏み出すことが、すべての始まりだと思います。